Teaching a Stone to Talk​

2017 -

 私の生まれた1988年、日本は"バブル"と呼ばれる空前の好景気の最後の光の中にありました。2年後の1990年初頭に突如バブルは弾け、日本はその後、長い長い停滞期を迎えます。経済規模は縮小し、政治家や企業のリーダーたちの度重なる失策により格差社会に拍車がかかった末、バブル崩壊から30年が過ぎたいま、依然として社会全体には暗い雰囲気が漂っています。私は、物心ついた時からずっとそのような、どちらかといえば後ろ向きな雰囲気の日本の中で育ちました。

 

 自分たち世代を「ゆとり」や「さとり」と呼び失敗作呼ばわりする人たちが散々貪った後の残りカスのようなこの国の未来を背負う役割を担ってしまった私たちは、割りを食った感と、それに対する諦めや開き直りのような感情のバランスにきちんと折り合いをつけることができずに、私たちの知らない誰かのために日々変化していく故郷を愛しているという実感も、また愛されている実感もないまま、いつしか大人になってしまいました。

 

 やがて写真家としてのキャリアをスタートさせた私は、年老いていく故郷とそこにある社会をどのように愛するかという問題に対して、その複雑さと誤解と取り返しのつかなさのすべてに苦労していました。そして、自分が生まれ育った大嫌いな東京という街を理解するために、このプロジェクトを始めました。

 

 舞台となるのは、後世の人が見ればきっとわかるような、日本の衰退期です。誰がために更新され続けるインスタレーションとしての「TOKYO」と、現地民である私たちのための「東京」が同居しながらも交わることのない平行線として存在し、それ自体が今の歪なこの街の姿を表しています。私たちは、そうして今後もゆるやかに乖離し続けていくであろうこの場所で、それでもなお淡々と続く日常を生きていかなければなりません。

 

 このプロジェクトの目的は、そのことを必然とも諦めともつかない表情で受け入れようとする、東洋の老いた経済大国のかつての繁栄期から取り残された世代と、彼らを取り巻く環境を視覚化することです。